小澤公平我が人生に悔いなし

父母の足跡をたどる

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母弥生、父を偲ぶ詩

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母は、昭和41年に亡くなった父をこよなく愛していました。父を偲ぶ俳句です。

父母37花ぼたん 散りて悲しき 妻一人

(葬式の日に新国劇から送られた立派なぼたんの花輪・・・不二夫逝く、昭和四十一年五月十五日)

日暮れ前 柿若葉見つ 十三年

(いつの間にか不二夫さんの十三回忌になってしまった。柿の若葉がゆれて、きれいな緑色をしている・・・・・昭和五十四年五月十五日)

菜の花や 振り返れば 蝶がまふ      一っぺい湖にて

1987年4月・・・弥生

(有美ちゃん夢生夫婦と散歩に出て、やっぱり私は一人、蝶までが双つ追いつ追われつ舞っている。伊豆にて)

 

とき色の つつじを持ちて 墓まいり

死神が たったら枕 変えてよと 唇ふるえ 寂しまなざし

病みほうけ 気の弱くなりし 彼の人の うなじをそりて 涙落とさぬ

花は咲き 鳥は歌いし 五月なり 彼の人ゆきて 二十余年も

人の世の 悲しき掟(さだめ) 知りながら 命日めぐる 墓地の夕暮れ

以上は1988年 5月15日に記したものです。

 

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Written by 小澤公平

2013年1月4日 at 5:49 PM

母、義弟の死を悼む

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母は、子供たちは勿論のこと、父方の親戚兄弟にもやさしい人でした。写真は、昭和18年新婚ほやほやの頃の巣鴨の二階です。この部屋で父は大都映画やムーランの本を書いていました。おばあちゃん、母弥生、そして父の作家仲間です。

巣鴨にて

旅をして おぼろの月を 仰ぎしに 義弟(おとと)の逝くを 知らぬがままに

弥生

春うらら 良い人ぞ 逝く 十三夜

弥生             一九八七年四月十四日

十三夜の月に送られて誠之輔さんは、お孫さんを九人も置いて逝きました。良い人でした。 有美の結婚式にも来て下さった笑顔が忘れません。

旅をして 今日は卯月の十三夜  義弟の逝くを 知らぬが情けよ

弥生

一九八七年四月十四日

夢生、有美、まゆみといっぺき湖に泊まりました。楽しい日で月を眺めました。伊豆から帰って来て誠之輔さんの訃報を聞き知らなかったことも情けと思ふ

Written by 小澤公平

2012年12月17日 at 4:18 PM

人はいつも

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母は、いつも子供たちのことを想っていてくれました。9月8日、有美の誕生日に贈った詩です。写真は小澤家の菩提寺、父と母と有美と私です。

人はいつも  いろいろのことを考える

それが良いことになるのか

悪いことになるのか

一寸、先のことはまったく わからないのに

いろいろのことを考える

人はいつも  いろいろのことをなやむ

過ぎて行ってしまったことでも

あの時 ああすれば  こうすれば  よかったのに

振り返ったって仕方のないのに  いろいろのことをなやむ

 

人はいつも  いろいろの夢を追う

ある時は  女王になって  馬車にのることも

人魚になっておよぐことも  ゆめは涯てしなく

明日のことを ゆめみる

 

人はいつも 安住の地をもとめて

さまよいあるく羊のように  なにもかも捨てたっていい

なるようにしかならない  ぼろぼろになった心を

自分でそっと なぐさめる

 

人はいつか 最後の時が来るのに

悲しんでばかりいてはいけない

希望と云うすばらしい マキを  どんどん心に燃やして

今日も一日 陽のあたる場所をさがそう

生きがいのある人生を

みんなではげまし合って

たのしく見つめよう

九月八日     弥生

有美ちゃんの誕生日によせて

1975年9月8日

Written by 小澤公平

2012年11月29日 at 11:23 PM

ぐすーよー今日うがなびら

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今日は、今日からスタートです。

劇作家、小沢不二夫(美空ひばりの『りんご追分』の作詩者昭和41年没)の長男として東京に生まれる昭和33年『オシズさんハイ』ラジオ東京(TBS)でデビュー。同34年東映テレビと契約。風雲黒潮丸・特別機動捜査隊・少年ケニヤ・他約100本に出演。同38年モダンバレー教室を開校。同40年ミュージカルタレントとして東宝演劇部入社。同54年東宝退社迄の15年間にミュージカル・現代劇・時代劇・歌舞伎・コメディなど、約120本余りの舞台に出演。  主な出演作品・放浪記(森光子)雪国(若尾文子)おしの(十朱幸代)淀どの日記(山田五十鈴)空に真っ赤な雲の色(森繁久弥)東宝歌舞伎(長谷川一夫)アニー(若山富三郎)スイートチャリティー(宝田明)NHK大河ドラマ竜馬が行く(北大路欣也)東宝映画、君も出世が出来る(フランキー堺、雪村いずみ)等々・タレント芸能生活23年。  昭和57年8月来沖までCMの企画演出。同58年4月よりRBC『卓ちゃんワイド』に柳卓とコンビでレギュラー出演、RBC・TV『カラオケチャンピオン』の審査員、同59年沖縄タレントアカデミー開校同60年4月よりRBC『ラジオジャック』にレギュラー出演。同62年4月よりRBCラジオ『土曜の朝はにぎやかに』奥様名作劇場の作・演出・出演。平成5年6月代理店及び制作会社『株式会社ラップ』設立同7年マルチメディア学院設立。又、作家として『子供のためのミュージカル』『市民劇』等の劇作から、RBCラジオ『ほっと一息歌謡曲』他週4本のドラマ執筆(現在まで2000本を越えるオリジナル作品を執筆)並びにテレビドラマとして、沖縄初の連続ホームドラマ『ハーモニー家の人々』(琉球放送)連続人形劇『尚巴志物語』(沖縄テレビ)他の脚本・演出。又『つり沖縄新聞』に連載小説執筆。作詩・作曲家として日本音楽著作権協会会員、コロムビアレコード『雨の足音』他レコード出版。宜野湾市、具志川市の市民劇制作並びに、宜野湾市教育委員会主催の宜野湾ライブ業務委託。

Written by 小澤公平

2012年11月27日 at 6:36 AM

カテゴリー: 我が人生に悔いなし

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